ameen2007-09-10

並んだふたつの手、それは従順な生き物のように、もしくはよくできたロボットのようにパン生地をつまみ、折りたたんでいく、次から次へと決まった手順、決まった動作。 「よくきちんと動くなぁ」 そーっと人の仕事を眺めるように感心しているのは僕であり、やっぱりその手とつながっているのも僕なんだけど、、、
まだ誰も作業に来ない朝ひとり、忙しくも静かに働いていると、そんな少し不思議な時間がやってくることがる。  四方田犬彦さんが、こんな詩を書いている。

「パンのみにて生きる・4」
指には名前がない  きみが捏ねるこのパンは  炉の中で等しく膨らみ 等しく焼かれ  どのパンとも区別がつかない
胡桃を入れてみようか  蜜を溶き混ぜてみようか  心はさかしらに考える だが  指は白い泥と期待を捏ねあわせるだけ
名づけられることの憂鬱  形を定められることの悲しみ  でも きみがこねるパンには記憶がない  きみの忠実な指のように
誰かが明け方に口笛を吹きながら  きみの焼いたパンを買ってゆく  捏ねられて焼かれたパンと  捏ねられて焼かれた泥は どこが違うというのか
焼きあげられたパンの見事さ  名づけられもせず ただそこに置かれている  その膨らみ その微かな焦げ目  その香りたつばかりの沈黙

―人生の乞食―

http://www.kinokuniya.co.jp/04f/d03/tokyo/jinbunya31.htm